名古屋高等裁判所 昭和25年(ネ)207号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を各求めた。
控訴代理人は当審において左のとおり附加して述べた。
(一) (1) 訴外土山健太郎は被控訴人との間に買収の対象たる本件家屋について賃貸借契約を結んだとき同じく買収の対象たる本件宅地についても賃貸借契約が結ばれたものである。仮りに右宅地について明示の合意がなかつたとしても暗黙の合意がなされているのである。すなわち本件家屋が空中に浮んでいるものでなく本件宅地上に建てられているのであるから本件家屋に居住のためにはその直下の敷地は勿論本件家屋の周囲の宅地は歩行乾燥場物置き場と等として必要欠くべからざるものであるから本件家屋だけを借りるということは絶対になく少なくとも暗黙裡に本件宅地をも賃貸借の目的としたものである。そして本件家屋及び宅地を含めてその賃料は一ケ月金五円であつたのである。
(2) 仮りに然らずとするも被控訴人は土山健太郎に対し本件家屋を賃貸すると同時に本件宅地を同人において占有使用することを容認したのであり、これによつて本件宅地につき使用貸借契約が成立したものである。従つて本件宅地は右土山健太郎において使用貸借による権利を有する宅地といわねばならない。
(3) 以上の主張理由なしとするも土山健太郎は昭和九年四月本件家屋を賃借した時以来本件宅地につき自己の為にする意思を以て平穏且公然に使用権を行使して来たものであるから右日時から十ケ年の経過によつて賃借権もしくは使用貸借による権利を時効により取得したものとみるべきである。
(二) (1) 本件物件買収当時の土山健太郎の耕作田畑は自作農創設特別措置法の規定によつて売渡をうけた農地と然らざるものとを併せて乙第十号証に記載のとおりであつてこれによると田は合計三反八畝二十五歩畑は合計六畝二十七歩以上総計四反五畝二十二歩となるから従前の主張をそのように訂正する。
そして右田地が一毛作なることは認めるがこれだけの農地を保有すればたとい専業農家でないとしても本件物件の買収申請をする資格は十分である。
(2) ところで被控訴人は土山健太郎の右耕作田畑中主要耕作地は本件買収物件と相当遠距離に位し彼之関連性乏しく別個の存在であるから本件買収は違法であるというがいわゆる附帯買収が適法なるがためにはその買収物件が当該自作農の農地に密接又は従属している必要はないのであつて、当該自作農の農地についてその農業経営上それが必要であるというので足りるとなすべきである。
のみならず同法第十五条第二項の規定は昭和二十四年六月二十日の改正によつて新設せられた規定であるからこの新設規定は本件附帯買収に適用がない。何となれば本件物件に付ての買収計画樹立及び買収令書の交付は昭和二十三年中に完了しているからである。従て本件買収の適否を判断する上において右新設規定を斟酌することは誤りであるこというまでもない。
なお又右新設規定施行前においてはその規定に該当するような場合であつても他の条件を綜合して申請を相当とするならば買収が可能なのであつたにかゝわらず、右新設規定を適用すれば買収不能となる結果を招来するからこの点からみても右新設規定は決して本件に適用すべきものでない。
要するにこれを適用することは法律不遡及の原則に反するのである。
なお従前提出した本案前の抗弁はすべて徹回し本件出訴が適法にされていることは争わない。
被控訴代理人は控訴人の右主張に対し次のとおり述べた。
まず控訴人主張の右(一)の事実はすべて争う。
次に本件物件買収当時の土山健太郎の耕作農地が控訴人主張の乙第十号証中、字積石六八八七番の一畝十四歩を除いてその余のとおりであることを認める。但し字中谷二九四四番は田ではなく畑であつた。右字積石六八八七番は山林であつたのである。
そして右農地の大部分は本件買収物件の所在地点から八町乃至三十町の距離にありかつ右農地の内主たる田地は本件買収物件の西北方国鉄線路北側の山間部に位し耕作に頻る不便な位置にあるのでありこのことからみて彼之関連性乏しく全く別個の存在であるから本件物件を買収することは違法である。
ちなみに土山健太郎耕作にかゝる田地はすべて一毛作の湿田である。
控訴人は自作農創設特別措置法第十五条第二項は新設規定であるからその施行前の買収にかゝる本件についてはこれを適用すべきかぎりでないと主張するも当たらず。何となれば同条第一項には市町村農地委員会が附帯買収の申請を相当と認めたとき政府においてこれを買収する旨を定めているにかゝわらず市町村農地委員会は法意を誤解し、又は事実を誤認して相当と認めがたきものを相当と誤認し違法の買収処分を遂行する事例少なからざるにより特に明文を設けて不相当の最も著しき例として同条第二項を列挙し、その買収を不相当として明示し、これを除外したものであるからである。
されば同条項の改正(新設)の前後を問はずこれに抵触する買収はひとしく違法たるを免れないのである。
いわんや本件買収は本訴提起により現在未確定である以上、その審判において右改正規定を適用すべきことは当然である。
なお原判決(三)の(2)の(二)記載の建物一棟は被控訴人が使用しているものでないから従前の主張をそのように訂正する。
以上の外当事者双方の事実上の陳述は原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
被控訴人所有の別紙目録記載の居宅便所宅地土塀(以下本件物件と総称する)について控訴人島ケ原村農地委員会(以下村の委員会という)は訴外土山健太郎からしたいわゆる附帯買収の申請により自作農創設特別措置法(以下自創法という)第十五条第一項第二号に基いて買収計画を定め昭和二十三年三月六日付告示第九号を以てこれを公告したこと、これに対し被控訴人から適法な異議の申立及び訴願をしたが村の委員会及び三重県農地委員会(以下県の委員会という)はそれぞれこれを棄却する旨の決定及び裁決をしたので被控訴人は適法の期間内に本件出訴に及んだことはすべて当事者間に争のないところである。
被控訴人は右買収計画は自創法第十五条第一項第二号の要件を具えない違法の処分であるといつて争うのであるから右処分の適否について検討する。
訴外土山健太郎が自創法第十五条第一項にいわゆる「第三条の規定により買収する農地又は第十六条第一項の命令で定める農地に就き自作農となつた者」であることは当事者間に争がなくかつ本件物件中居宅一棟(但しその家屋の東側略中央に在る物置の部分を除く)だけは被控訴人と土山健太郎間の賃貸借契約により右土山において夙に賃借権を有する建物であることは又当事者間に争がない。
しかし被控訴人は本件物件中右の物置と便所一棟、宅地土塀については土山健太郎はなんらの権利を有するものでないと主張し控訴人はこれらの物件についても土山健太郎は自創法第十五条第一項第二号所定の権利を有すると主張する。
よつてまず右の内右物置と便所一棟について考察する。
原審検証の結果によれば土山健太郎の賃借にかゝる本件居宅には便所は右の便所の外にはなくかつ右の物置は幅約五尺奥行約三尺の小さなもので右の便所と右居宅との間にはさまつて存していることが明である。すなわち右の便所及び物置は右居宅に密接に附属するものであることが認められるし通常住宅の賃貸借に便所を除くということは社会通念上考えられないところである。このことと原審証人土山健太郎(第一回)の証言とを合せ考えると、右物置及び便所は本件居宅と併せてその賃貸借の目的に含まれていたものと認めるのを相当とする。右認定に反する原審原告本人の供述部分は信用しない。(以下本件建物というのは右の賃貸借の目的たるすべての物件すなわち別紙目録記載の(イ)(ロ)の物件をさす)
次に本件宅地について考察する。
前記土山健太郎において本件宅地につき明示もしくは黙示による賃借権又は使用貸借による権利(地上権の存在は控訴人が主張していない)を有することを認めるに足りる証拠は少しもない。(この点に関する原審及び当審における証人土山健太郎の証言は信用しない。)
尤も土山健太郎が本件宅地を事実上使用していたことは被控訴人も明に争はないところと認められるけれどもかゝる事実上使用の状態は本件宅地上に存立する本件建物についての賃貸借の反射的利益にすぎないのであつてこれを以て右土山が本件宅地について独立の使用権を有したものと解することはできない。
従て右土山は本件宅地につき独立の使用権を自己の為にする意思を以て行使したものと認むべき余地がないから時効によつて控訴人主張のような権利を取得するいわれもない。
よつて本件宅地は自創法第十五条第一項第二号所定の宅地に該当するものと認めがたいからその買収計画は違法といわねばならない。
かりに土山健太郎が本件宅地につきなんらかの権利を有するとしても後に本件建物についてくわしく説明するとおり、本件宅地と土山健太郎の自作地との距離の関係は本件建物と共通の条件にありかつ右土山一家の主たる所得が農業以外の職業から得られているのであるから本件宅地に対する買収申請を相当と認めることは違法に帰するわけである。
従て本件宅地の買収計画は結局違法といわなければならない。
次に本件土塀について考えるにこの土塀が賃貸借の目的とせられたことを認むべき証拠はみあたらない。この土塀が土山健太郎の賃借にかゝる本件建物にも最も近接しておりその建物を囲う役目を果たしているとの一事を以て直に之が右建物に附随して賃借の目的とせられたと断ずることはできない。何となれば右土塀は原審検証の結果により明なとおり元来被控訴人の住宅と本件建物とのすべての建物を収容する敷地の周辺に建てられた囲いの一部に外ならないからである。
従て本件土塀について土山健太郎の賃借権を認めるわけにはいかないからその買収計画は違法といわねばならない。
さて本件建物については土山健太郎においてその賃借権を有していたこと既にみたとおりであるから進んで村の委員会が右土山からしたその買収申請を相当と認めて買収計画を樹てたことがはたして正当であるかどうかをしらべなければならない。
そもそも市町村農地委員会がいわゆる附帯買収の申請を受けた場合にその申請を相当と認めることは、当該委員会の自由なる裁量に委かされたことではないと解する。いいかえると買収せんとする対象物件が自創法第十五条第一項第二号所定の要件を充すものであつてもその買収申請を相当と認めることにつき決して当該委員会の恣意を許す趣旨ではないのである。そこには必ずその申請を相当と認むべき具体的事情がなければならない。
控訴人は土山健太郎からした本件買収申請を相当と認むべき具体的事情についてはこれを示さず抽象的に本件建物が右土山の自作農経営上必要であるというにとどまるようであるが、逆に被控訴人はその買収申請を不相当と認むべき具体的事情があると主張する。
この点に関して控訴人は自創法第十五条第二項は本件処分後に新設せられた規定たるの故を以て同項各号にかかげる事由の如きは本件買収申請の相当不相当を決するに当つて考慮の対象とならないと主張し被控訴人は然らずと主張する。よつてまずこの問題を解決する必要がある。
なるほど控訴人主張のとおり同条同項は本件処分後に新設せられた規定であることは明白であるけれどもこの一事によつて右控訴人主張の如く解することはできない。同項各号に該当するような事実があるかどうかは本件買収申請の相当不相当を決するに当つてこれを考慮の対象とすべきものであることは事理当然のことである。なんとなれば同条同項の新設以後においては同項各号に該当するような事実があれば当該の宅地又は建物の買収は絶対に禁止せられるのである。ところがその新設以前においては右と趣を異にしこのような事実があつても当該物件の買収は絶対禁止というわけではないこというまでもないが、このような事実を採つて以てその買収申請の相当不相当を決する一資料とすることは許されるのであり、むしろこのような事実があればこれに基いてその買収申請を不相当と認定すべきものと解するのを相当とするからである。これを要するに同条第二項の新設規定の立法精神は同項各号にかゝげるような事実のある場合に当該物件を買収してみても自創法第一条の目的に資するところがなく、却つて行き過ぎとなるという点にあろうと思はれるのであるがその精神は同項の新設以前においても買収申請の相当不相当を決するに当り当然考慮におかれなければならないということに帰するのである。
そこで被控訴人主張のような具体的事情があるかどうかをしらべる。
(1) 原審における検証の結果と原告本人岩佐邦道の供述とによると本件建物は被控訴人がその現住の家屋と併せてこれを旅館営業に供していたものであつてその本来の構造はおゝむね旅館の客室向に出来ているしその建物の附近はいわゆる市街地であることが認められる。そして自作農となつた土山健太郎の本件買収当時の耕作農地は乙第十号証中、字積石六八八七番の部分を除いてその余のとおりであることは当事者間に争なく(ただ字中谷二九四四番の部分が田であるか畑であるかについては争があるがそれが農地たることは争がない。)かつその内字小山谷六六〇三番の田一反四畝五歩同字六六〇一番の田八畝十五歩字中谷二九四三番の田九畝十一歩同字二九四四番の農地六畝二十四歩以上合計三反八畝二十五歩は土山健太郎が自創法の規定によつて売渡をうけ同人の自作地となつた農地であること又当時者間に争がない。従て右土山の自作地は右字積石の部分が農地であると否とにかゝわりなく同人の全耕作農地の大部分を占めるものであることが明であり、その自作地は本件建物の所在地点からいずれも約十町もしくはそれ以上の遠距離に在ることが原審証人東仁夫の証言によつてうかがえる。
以上みたところの事実からすると本件建物の買収はこれを不適当と考えるのが妥当である。
(2) その上原審証人東仁夫同土山健太郎(第一回)及び当審証人土山健太郎の各訊問の結果並に成立に争のない甲第三十三号証の一、二、三を合せ、これに土山健太郎の田地が一毛作なることについて争のない事実を斟酌して考えると本件買収当時から現在に至るまで土山健太郎の同居の親族は長男、次男(当二十六才)三男(当二十四才)四男(当二十二才)であるところ(但し長男は現在は他家に養子にいつている)長男は公務員、三男は会社員であり、健太郎及び次男、四男が農に従事しているのであるが農閉期には健太郎は炭焼狩猟等をなし次男四男は山仕事の日傭労務に服していることが認められかつこれらの同居の親族の者が右述の農業以外の職業から得られる所得を合算するとそれは土山健太郎方の農業所得を上廻るものであることがうかがえる。控訴人援用にかゝる乙第十二、十三号証及びその他の証拠によるも右認定をくつがえすには足らない。
右(1)及び(2)のような事情が存するかぎり村の委員会は土山健太郎からした本件建物の買収申請を相当と認めてはならないと解すべきものであることはすでに前にくわしく説明したところによつて明である。
しかるに村の委員会は同人の買収申請を相当と認めた上買収計画を樹てたのであるからそれは裁量を誤まつたものであり結局違法の買収計画といわねばならない。
以上みたとおり本件物件に対する買収計画はすべて違法であるからその買収計画を維持した県の委員会の裁決も亦違法たるを免れない。
従て村の委員会のした本件買収計画及び県の委員会のした本件裁決の各取消を求める被控訴人の本訴請求はその理由がありこれを認容した原判決はまことに相当である。
よつて本件控訴はこれを棄却すべきものとし民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条第九十三条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 中島奨 白木伸 鈴木正路)
(目録省略)